ハゼの実ダンディ・高橋善蔵の墓

      2015/10/17

時期はちょっとすぎちゃいましたが、このあたりで紅葉と言えばイチョウかハゼ。
特にハゼの鮮やかな赤は、秋の景色に欠かせません。

このハゼノキ、ロウソクの材料になるということで、江戸時代に盛んに植えられたみたい。


ここは毎度おなじみ裂田の溝、伏見神社の近くの細道を一本入ったところ。
高橋善蔵の墓、と案内が立っています。

20121210-161040.jpg

・・・て誰?

20121210-161110.jpg

ここみたいだけど、、、、、???

見回すとこのあたり、写真に写ってるほかにもお墓がいっぱい。
山田地区の、特にこの付近の家々の墓所のようです。明るい時に来てよかった(^^;

でも石の墓碑で高橋善三と記されているものはありません。
この白い木製の碑があるのみ。

20121210-161121.jpg

まわりにぐるりと謂れが記されていました。

翁は天和三年(1683)〜宝暦十一年(1761)の方で筑前那珂郡山田村の庄屋であった時、私たち先祖の窮乏を救わんと大変苦労され、薩摩藩から、巷間に伝えられるところによるとにぎり飯の中に種を入れて持ち帰り、延享四年(1748)に『窮民夜光之珠』—ハゼの選種から栽培のいっさいの指導書を著わされ、人々を救われた。遺言に「墓標はいらぬ植櫨を以てせよと—。

20121210-161056.jpg

こちら(↑)は那珂川町教育委員会製の解説。
窮乏する農民を救うためにハゼの実からロウソクを作ろうと、栽培方法を研究・指導。
その名もズバリ『窮民夜光の珠』って本も書いて、大いにハゼ栽培を広めた、ということです。

さっきの話、きっと薩摩藩では、ハゼの実の持ち出しを禁止してたんでしょうね。武勇談♪

20121210-161138.jpg

高台にある墓所からの眺め。

それにしても、

墓標はいらない、ハゼの樹を植えよ。

・・・かっけー \(^0^)/

かっこいいとこは他にも!

他のブログさんからの孫引きになりますが、その著作の前書きに、高橋善蔵はこんなことを書いてると言います(太字はあっと)。

つたないながらもその大よそをいま筆をとって書き残しておけば、いろいろな知識のない地方の人々や身近な親類の子や孫たちにとって、ゆくゆくは世渡りの助けとなるのではなかろうか。私の願いは財宝を貯え、金持になることではない。身分の低い百姓たちはただひたすら農業に精を出さなければならないのである。
一日の計は早朝にあり、一年の計は元旦にありというではないか。十年の計は樹を植えることであろう。

功績、志とも、まさに偉人と呼ぶに相応しい、町の誇り\(^0^)/

20121210-161146.jpg

当時はハゼ栽培を教わるために、たくさんの人がこの人のもとを訪ねてきたらしいです。

ハゼ製ロウソクのおかげで漆製のロウソクが使われなくなった、なんて余波もあったようです(^^;

もっと早く来ておくべきだったな。

 - 史跡 ,