あらためて、立派な建物ですよね。
こんなの那珂川町にもあったらな♪
入り口には誰もおらず、ツーツーで入れちゃいます。
事務所はあるんですが、特に誰からも声をかけられることはありませんでした。
勝手にどうぞ、って感じ、入館も無料です (^^;)
いきなりですが、これ(↑)がメインの展示物(あくまで見た目的に)。
ドームにもあった甕棺ですね。
・・・こんなに大きな焼き物が作れたっていうのも、考えてみれば驚きです。
ほかにも土器とか鏃とかいろんな展示物があったんですが、
個々には紹介しきれないので、ざっくり端折っちゃいますすいません(^^;)
興味を惹かれたのは、展示に添えてあったこの(↑)弥生時代中期の図。
いろんな場所からいろんな遺跡が発見されてる北部九州ですが、
その勢力図というか文化圏、クニみたいなものを現してるんでしょう。
勾玉みたいな形をしている範囲が奴国(なこく)。
こちらの須玖岡本遺跡と、わが町・那珂川も含まれています。
(奴は那や儺などと綴られることもあります。)
googleMapも添えてみます。マーカーはこちらの資料館。(すいませんうまく使えてなくて微妙にズレてます、、)
[mappress mapid=”8″]
九州新幹線は那珂川町から博多まで、だいたい那珂川に沿っているんですよね。
そう見ると奴国は、那珂川流域から東側に広がっていて、博多湾沿いに志賀島(しかのしま)まで至っているという感じに読み取れます。
志賀島と言えば例の「漢委奴國王」と刻まれた金印が出たところ。

奴国の西には、また別の集団があったみたいですね。
お近くの方はピンと来ると思いますが、室見川を中心にしていたんでしょう。
写真でみると、二つの集団の境目には油山がある格好です。
おっとこれは!
垂飾付耳飾り、もしかしたら憶えてる方もいるかも知れません。
秋分の日に日の出を拝んだ、あの日拝塚古墳の説明板に写真がありました。
春日市の境界を示す看板にも採用されてます。
こんなに小さいんだ〜(^^)
須玖岡本付近からは、いろいろな生産設備の遺跡がたくさん発見されているのも大きな特徴です。
イメージ的には古代の工業地帯!
上の写真は銅鏃(どうぞく)の鋳型。
銅鏃・・・青銅製のやじりの型だそうです(^^;)
上の型を見ると、溶かした胴を一度に流して形をつけた後、プラモのパーツみたいに切り分けてた感じです。
推測ですが、それってもうかなり大量生産方式じゃないですか!?
こちらもびっくり、木樋のレプリカ。
大土居の水城跡で確認されたという、水を流すための樋です。
7世紀の中頃、白村江の戦いで負けた日本は、太宰府を防衛するために水城という大堤をこの付近にいくつか作りました。
堤は壕も設けてあって、そこに水を供給するためにこういう樋が採用されていた。
当時はこんな具合だったと考えられてるみたい。
こちらの資料館、展示品は予想したほど多くはなくて貸し出し中のものやレプリカも目立ったんですが、いくつかリンクしたように、これまで寄り道してきた場所がいろいろとつながってかなり楽しめました。
ブログのタイトル、那の国散歩帖にしようかな、とちょっと思っちゃいました (^^)
公式サイトはこちら(↓)です。
コメント
こんにちは~♪あっちゃんの住んでいる地方の歴史の古さにほんとに驚きです。こんなにたくさんいろんな出土品があったなんて素晴らしいですね~!そして今迄あっちゃんがブログで紹介してくださったものとも繋がっていて感心してしまいました~!実際に歩いてひとつずつたどって来られたかいがありましたね。楽しかったですよ~♪(^-^)
なちこさん、こんにちは(^^)
ご感想、どうもありがとうございます。
出土品、多分掘ればまだまだ出てくるんじゃないかと思います。ふつうに家やマンションを建てようとする人にとっては、ちょっとした地雷みたいなものかも知れません(^^;)
それはともかく、ほんとにおっしゃる通りで、いろんな場所で見たものが関連づいて楽しめました。きっといきなりここに来ていたらフ〜ン、で終わっちゃったと思うんですけどね。寄り道しながらもなかなかいい面があるようです(^^)
こんばんは!
なんだか、いままでのブログの記事の総まとめな感じですね!
ばらばらに見ていたことが、1つにつながるなんて、わくわくします!
福岡は本当にすごいんだってことを、もっと多くの人に伝えたくなります・・・
星華さん、こんばんは(^^)
今日もありがとうございます!
うん、まさに総まとめ的な歓びがありました♪
こうやって大昔のイメージが深まって行くのは楽しいですね。そしてお近くの星華さんともシェアできるのが嬉しいです♪
ほんとうに詳しい人たちは、同じ世界で暮らしてても何だか違うものを感じながら暮らしてるのかもって、このごろ思ったりすることがあります(^^;)
なかなこの資料館、今までのものがリンクしていて面白かったです〜♪
矢じりの鋳型、大量生産とはやりますね〜!でも後で切り離すの大変じゃないのかしら?だったら鋳型の段階で区切ればいいのにね〜って思うのは私だけ?(笑)
逆に一個一個切らずにあの一列で使う矢じりだったりはしないのかしら?そんな長い矢じり、意味ないか〜。
北九州にもいろんな国、部落、あったのですね〜。その繋がりなんかも知りたくなりますね〜♪
かおたんこんにちは! またまたコメントありがとう〜♪
・・・確かに〜最初から切り離しとけばいいか、言われてみればそうですね。そういう鋳型もあるし、そういうほうが多いかなって思います。自分とかおうちゃくなんで、長し込む手間も省けたほうがいいかなって思ったんですけどね(´⊆`*)ゞテヘヘ.
うん、知りたくなりますね〜、、、紀元前とか昔すぎです♪ あれこれ勝手なこと想像して楽しんでます(^^)